性格

悲しいことに、人間、息をしているだけで何かしらの難を他人から付けられる事がある。

 

いい例(悪い例?)が私のルームメイトである。

職場で黙々と作業をしているだけなのに陰口を叩かれたことが何度もあると言う。

 

 

それとは別だが、学校でのいじめや、痴漢の冤罪なんかも、もしかしたらその延長線上にある出来事かもしれない。
そしてその被害者達の多くは、物静かで、繊細な、か弱い人物だったりする。
可哀想だが、悪い言い方をすれば彼らは"カモにされやすい"人達なのだ。

 

だから多くの人は、社会に存在するライオンの様な人物に嫌われないように、目をつけられない様に、相手の顔色を伺いながら気を遣って生きていく

 

常に他人と調子を合わせ、己を殺して生きていくのだ
「自分らしく、ありのままで生きる」ことが美談として語られるが、果たして本当にそう生きている人、生きてこれる人はこの東京でも何人居るのだろう。

 

 

 


「私、人から嫌われないんで」

だから彼女のこの一言には面食らった

 


容姿端麗

生まれも育ちも港区一等地。

生粋のお嬢様ながら趣味は野球、某海洋大学に進学し夢は船長。

先日も東南アジアを一人でバックパックで一周した彼女は私のバイト先の友人だ。

 


「私、人から嫌われないんで。嫌われるような行動は取らないし、嫌われる要素はゼロだと思います。小学生の時に一度だけ、上履きにまち針が入っていたことがありますが、なんだったんですかね。間違って入ったんだろうと思って捨てました」

 

「いじめ?ではないと思います。万が一喧嘩をふっかけられたとしても私には勝てる自信があります。細い子ならば瞬殺です」

 

 


ここまで言われると、面食らうと言うよりもクリティカルヒットを2発3発顔面に食った感じがする。

フルボッコ状態だ。

 


そして彼女。思った事は口にするタイプでもある。もちろん、相手に向かってだ。

 

頑固な相手に「病気なんですね」
恋愛を拗らせている子に「被害者ぶるのやめた方がいいよ」
バイトのオーナーが疲れたと言うと「それ、バイトの子が言う台詞ですよ」

 


一度彼女と一緒に興味本位でホストクラブへ行ったことがある。
席に着いたホストから渡された写真付きの名刺を見て一言、「え、これ詐欺じゃん。整形ですか?フォトショ?」と聞いていた。
さすがのホストも目が点だ。そりゃそうだ。暗黙の了解ってもんがあるだろ、姐さん。私は隣で腹を抱えて笑っていたが。
(ちなみに4時間のフォトショ加工を施した写真だったらしい。)

 


上履きの中の針。典型的な嫌がらせさえ「間違って入った」と思う神経の図太さ。


ただ単に鈍感なのかもしれない。その鈍感さ、バイト先のオーナーの言葉を借りれば「村八分にされたとしても気がつかないレベル」だろう。

 

そして物怖じしない姿勢と言動。

 

多くの人が出来ることではない。先ほど言ったように、そう言った態度は人から反感を買う確率が高くなるからだ。


しかし、彼女を慕う人は多い。もちろん私もその一人だ。
正直で明るく、さっぱりとした性格。
物静か、繊細、か細さとは正反対に位置している事などなんのそのだ。

 

彼女こそ「自分らしく、ありのままに生きている」人物。
難しいかもしれないが、それが一番人に好かれる生き方なのかもしれない。

 

ローション

人生には驚きがつきものだ

でも望まない驚きもある

 

 

今日の午後、我が家にペペローションが届いたのだ

 

ペペローション、ご存知だろうか

TVのバラエティなどで芸人がドロドロの液体に塗れて、滑りながら相撲を取ったりする、あれ。その「ドロドロの液体」こそがローションである。

また、イカガワしいお店で男性にマッサージを施す際に使用する場合もある。らしい。

 

しかしまず第一にこのローション、日常生活で使う事などまず無い。

そんなものがなぜ我が家に、、、?

 

そもそも注文した覚えが無い

でも宛名は私だ

冗談じゃないぞ、、、。

 

 

 

そうだ、注文履歴だ

履歴さえ確認すればいつ注文したかわかる

 

 

2日前、、、木曜日。

 

 

その日は確か知人と飲んでいたはず

日本酒を3合くらい、、、

 

 

まさか、、、

 

飲んで酔って帰ってきて、分けもわからずローションを注文したというのか、、、?

 

 

ここまで来ると自分が怖くなってくる

 

なんでローションなんだ、、、もっと別の、洗剤とか入浴剤とかじゃないんだ、、、!

 

この使い道の無いローション、、、どうするべきなんだ。。。解決策、求みます。

 

 

 

ローションで思い出したが、以前、確か高校生のとき

興味本位で友達4人と地元の汚いラブホテルに潜入して事がある(多分これは絶対にやっちゃ行けないと思うので、真似しないでほしい。でももう時効だし。。。)

 

男二人、女は私を入れて二人

女の子の方は地元でも有名なかわいい子で、私の友人としてはもったいない子だった

 

ほぼ一軒家のワンフロアくらいのだだっ広い部屋が、ピンクの照明で染まっていた

コスプレの衣装が飾ってあったり、大きな液晶テレビが壁にかかっていたりして

高校生達は非日常を楽しんだ

幼なじみ4人、もちろんそういう行為はない

 

深夜3時

 

女の子がそろそろ寝ようと言い出し、キングサイズのベッドの真ん中に陣取った

するとすぐさま男子二人、彼女の両脇を固めて寝だしたのだ

キングサイズと言えど、3人が寝れば埋まってしまう大きさである

 

私はどこに入れば良いんだとオロオロしていると、

「お前、そこで寝れば良いじゃん」

 

 

指差された場所には、ローションマット

 

 

確か11月の寒い夜だったと思う

 

 

私は一人、ローションマットの上に、毛布無しで体を縮こませながら寝た

 

 

 

ローションと私の因果関係はこのときから始まっていたのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

故障

 Wifiが途切れた

 

ルーターの不具合かと思い再起動をしてみるも、「圏外。」

 

午前2時40分

 

さっき時計を見たときは0時だったのに、もう2時過ぎか。

 

 

真っ暗

 


部屋の電気のスイッチまで行くのは面倒臭いな

 

 

どうしよう。

まだ眠くない

 

リビングに行けばテレビがあるが、ルームメイトは寝ているしうるさくしたら可哀想だ。


外に出れば電波が入るかもしれない。
と、思ったが、最近見かけたことのない外国人がよく夜中に徘徊しているのを思い出し、怖くなってやめた。

 


2時45分

 

まだ5分しか経ってないのか

時間の流れが遅い

 


Wifiは未だ繋がらない

 

友達との会話も途中で途絶えてしまった
彼はあの後なんて言おうとしたんだろう

 

 

午前2時55分

 


7時になれば近くのカフェが開くから、そこでネットに繋げてられるな

そうすれば安心

安心する

 

 


時間の流れが遅い

 

携帯で何かしている時はあっという間に時間が経つのに

人間ずっと携帯をみて過ごしていたら、気づかぬうちに90歳のおばあさんになっていて、そのまま天国に行ってしまうなんて事もあるんじゃないか

 

全然笑えない


Wifiは未だに繋がらない

 

不安になる
何もできないじゃん


やっと3時だ


寝なくちゃいけないのに不安で目が冴えてしまう

 

携帯がなかった時は何してたっけ
中学生の時。たかだか数年前の話

 

「2007年 中学生 ブームだった事」検索

 

あ、携帯繋がらないんだった

 

てかなんで調べようとしたんだ
思い出せばいい事なのに、思い出せるはずなのに


怖い


全部が携帯任せだ
勉強も、会話も、仕事も、恋愛も、友達関係も、何もかも。

よく聞く都市伝説やSF小説みたい
携帯端末が人間を洗脳する話

 


いずれ何も考えられなくなるんだろうな
もうすでに考えてないのか


午前3時11分

7時まで、もうちょっと

 

 

ps
その後wifi問題は解決致しました
私が支払いを忘れていただけでした
嗚呼、貧乏生活、、、!

 

 

 

恋愛

「普通の恋愛できないの?」

 

先日、友人に言われた一言である


正直「普通」の定義がよくわからないが、多分「普通」というには、

告白されたり、

学校の帰り道を一緒に帰ったり、

原宿でクレープを食べたり、

校舎の屋上で初めてのキスをしたり、

誕生日に熊のぬいぐるみを貰ったり、

SNSでツーショットの写真と共に「〇〇ヶ月記念日❤️」と書いて「ほーんとお似合いのカップル❤️」などと言われて浮かれることが普通なのだろう。。。


そう考えると今までにこんな恋愛はしたことがないと思う


私の恋愛は、どちらかと言うと追いかけるタイプなので、どんなに冷たく、どんなに放って置かれていても後をついて行ってしまうため、友人からは「もっと大事にしてくれる人を探しなさい!」と注意されることが多い

 

しかしその場合の大体が片思いで終わるので自分の負傷はさほど大きいものではない

 

問題は、実際にお付き合いする人物が中々難ありなところにあると思う


と言うのも、私が今までに付き合ってきた男性は所謂「非モテ、非リア、草食系」だったからだ
文字からでも伝わるこの童貞感

 

私からすると堪らないのである


彼らは今まで女性とほぼ付き合った経験がない
中には初めて女性と手をつないだと言う人もいた

デートの計画立てほど悲惨なものはない
奥手すぎるゆえに意思疎通が難しいこともあった
キスを顎にされたこともある


でもこの初々しさがとにかく良い
一生懸命な所にまたキュンとときめいてしまうのである


高校時代カナダで過ごしていた所為か、恋愛ドラマなんかで見る淡い青春を十代で経験していない私にとっては最高なのであった

 

しかしその楽しさは束の間
出会いがあれば別れもある

 

彼らは蛹から帰った蝶の如く去っていく
女性と付き合ったことで自信をつけた彼らは、「男」にしてくれた女を忘れて世界へと飛び立っていくのだ

この切なさたるや、、、、!

 

だから女性諸君!
今君の恋人がかっこよく、スマートで、頼り甲斐があるのは我々の様な人物がいたお陰なのである!
感謝していただきたい!!

 


そんな私のタイプは、見た目が村上虹郎くんで中身がみうらじゅん

 

私の「理想の恋人」探しはまだまだ続きそうである

 

 

黒歴史

黒歴史のない人間を信用しないようにしている

 

そもそも黒歴史のない人など存在していないと思っているのだが、中には頑なに「いや、私は今まで何もフシダラな事や人様の迷惑にをかけるようなことはしたことがない」と言い張る人もいる

 


しかしこの考え方は少し違っていて、
黒歴史というには人に迷惑をかけたりフシダラなことをしたことを反省するのではなく、自分自身が自分自身の羞恥を(その時は無意識に)晒した結果生まれるものなのだ

 

 


私は中学生2年生の時、生まれて初めて自分だけのPCを買ってもらった。

当時はまだFBやTwitterの流行る前で、大体の中高生はyoutubeで動画を見るかブログを開設するかのどちらかだった。

 

私は後者を選んだ。結果、とんでもない黒歴史を生み出してしまった

 

 

当時私はある邦楽ロックバンドに熱心で毎日毎日彼らに関する事を書いては投稿し、彼らを半ば神として崇め、彼らと敵対するバンドをコケにしては記事にして投稿していた

何と言ってもブログ名はそのブログの顔であるから慎重に吟味して付けた

「crazy riot diary」

そのバンドの楽曲からヒントをもらって命名した

阿保丸出しである。


だが黒歴史の怖いところは、盲目的に行動してしまうところにあって、こんなポンコツ丸出しなタイトルのブログでさえも世界一かっこいいと思っていたし、そんなブログを開設している自分、最高にクール、と思ってしまったところである

 

 

そしてもう一つ、当時のブログ界隈ではバトンが流行っていて、それにも毎回参加し、言ったところで聞いたところでなんの徳もない情報を垂れ流しては、他のブロガーさん達と仲良くなりたいなあなどと考えていた。


そんな事に何時間も費やしていた中学生時代。
全くその間に何問の数式が解けた事であろう

当時の自分を殴ってやりたい

 


だがそのブログ執筆活動も半年ほどで飽きてしまい、そのまた数ヶ月後にはログイン時のパスワードやらなんやらはすっかり忘れていた。

 

 


それから5年後、とある友人からURLが添付されたメッセージが届いた


「これさ、YKEの昔のブログ?笑」

 

飛んだ先のURLには、「それ」があった


テーマカラーのショッキングピンク色の背景。ブログ名は黒文字の筆記体ででかでかと「crazy riot diary」と書いてある。

プロフィールには当時の私のペンネームとグルーミー(今このキャラクターを知っている人はいないと思う)がプロフィール写真として使われていた。


正しく、14歳の私が開設したブログだ

は、恥ずかしい。。。

 

黒歴史のもう一つの恐怖は、こうして忘れた時に第3者によって発掘される事にある
発掘され、そしてお披露目された時にはもう恥ずかしさを通り越して消えてしまいたいという気持ちにでいっぱいになるのだ

 


だが黒歴史の楽しみもある
それは他人の黒歴史を発見、発掘した時だ

 

 

それは以前私が発見した、友人(男性)の女装アカウントであった。
彼曰く、学生時代に学園祭用に作ったアカウントらしいが、本人もすっかり存在を忘れていた様だ

写真の中にはメイド姿の彼やバニーガールに扮したものもあり、相当恥ずかしがるだろうと思っていたのだが

「そこらへんの女子より可愛いしどんどん広めてよ」と言われてしまった。

 


黒歴史も時にはいい思い出になるんだなとその時初めて思った。

 

数学

 

やばい

 

もうそれ以外で形容できる言葉が見つからない

 

やばい

 

数学が全くわからない

 

今目の前にある中学校レベルの数学の問題が解けないのだ
ここへきてこの数式が、私の「将来NYで悠々自適に過ごす」と言う夢を阻むことになるとは思ってもいなかった

 


事の発端は、就活をしている友人が言った一言だった


「早い段階からインターンは行った方がいいよ、特に外資なんか、早く手を打っといた方が勝ちだよ」

 

22歳ながらも大学2年生
周りはまだ十代の同級生もいるなかすでに20を超えた私は焦っていた
彼らはまだこれから伸び代がある
休学して留学したり世界一周なんかした帰って来たって22か23だ、就職に差し障りがないだろう
だが大学卒業時に25になる私にとって、1年2年の違いは相当大きいものとなる
失敗はできない
ならば今のうちからインターンでも行ってみるか、と思っていた矢先に飛び込んできたこのアドバイスは大変有益なものであった

 

インターンか、あわよくば会社の人間と仲良くなって「君のような有望な人間を探していたんだ」なんて言われて就職への近道をゲットなんて事も夢ではない
周りは今頃「今年に夏はグアムにいきまぁす!」なんて浮かれているのだろう。だが私はその間に「NYで豪華な老後を過ごす」チケットにリーチをかけておこう、、、!

 

そう思っていた。
だが今その道が断たれようとしている

 

まさかここへ来て数学が適性試験で現れるとは思っていなかったからだ

 

算数数学にはいい思い出がなかった
小学校では分数の計算の意味がわからなかったし、中学ではxyなどのアルファベットが出てくることに憤慨した
挙句、高校留学先のカナダでは日本よりも数学学習が簡単だと言われているのにも関わらずコーディネーターの先生から、このままではGPAに響くからもう理数の授業はとらない方がいいと言われた。数式を見ると動悸がして頭が真っ白になり息苦しくなる。もう体が拒否するようになっていた。

 

だが、かろうじて整数の計算はできる。と思う。


そして今目の前にある問題は
「3000万円で家を買いました。仲介手数料はその3%+6万です。2年後、その家を2500万で売却しましたが、その時の仲介手数料は幾らでしょうか」

 

これは何算でやったらいいんだ?
2年後?これは関係あるのか?もしやこの2年間の地価の変動を調べろという問題なのか?その家は都内にあるのか?そもそもそれは業者によって変わるのではないか?全くわけがわからない

 

数学は理屈じゃない
それは分かっている
でも気になってしまうのだ

 

以前も母とテレビで「思い出ぽろぽろ」を見ていた時も同じような出来事があった
主人公が分数の計算式で悩んでいるシーンを見ていた時ふと私が言った、
「4÷2は2、なのに小さい数で小さい数を割ると答えが大きい数になるのは何故か」という疑問で2、3時間議論することになった。母も数学が苦手な一人だ
挙げ句の果てには、どうして分母と分子をひっくり返さなきゃいけないのかだとか、ケーキで例えると考えやすいだとか、結局、東大理数の友人に連絡を取り訳を説明してもらったりした(あの時は本当にすみませんでした)

 


よくこんな頭で大学に入れたと思う
口が裂けても学校名は言えない

 

そして今また、この因縁の数学に悩まされているのだ

 

インターンは夏に行われる
応募締め切りはだいたい6月中旬までだ
我こそは、という方がいれば是非数学を教えていただきたい
報酬は、、、何でもします。。

 

東京

東京

かのマルコ・ポーロが「東方見聞録」の中で"黄金の国・ジパング"と称した東の端に位置する国『日本』の首都

 

1966年6月、ビートルズが初めて演奏した武道館も、

三島由紀夫の小説に出てくる、本屋「雪重堂」の看板娘と東大生が出会った場所も、

男女が一つ屋根の下で繰り広げる甘酸っぱい恋愛模様の舞台も、

 

鈴木雅之菊池桃子が5時に落ち合う渋谷も、

 

全て東京なのである

 

 

その場所に、彼女は2年前上京してきた

 

実家は中国地方の片田舎にある。以前暮らしていた千葉県の漁師町も田舎であったが、その比ではないくらいの田舎であった。

"山陰"とはよく言ったもので、陽気な性格の彼女の父親でさえ、日本海から吹いてくる凍てついた風と冬場の天気の悪さから鬱病を発症させたくらいには田舎なのであった。

 

ど田舎生活に飽き飽きした彼女は、ある日上京する事を決意した。

 

行けども行けども広がる田園地帯

いつも行くコンビニのやる気の無いアルバイト店員

一時間に一本しか来ない電車

40年前に行ったハワイ旅行の話を、さも昨日行ってきたかのように話す隣のおばさん

 

私はいつまでこの生活を続けるのだろうか、いつまでこの変わらない風景を見続けなければ行けないのだろうか、このまま一生を終わらせるつもりなのだろうか。

そんなことはあってはならない。

 

彼女が上京を決意したのはそのときだ。

 

 

東京は夢の場所であった。

彼女の知っている世界のすべてが詰まっている場所、むしろ東京が世界の中心と言っても過言ではなかった。

 

その地に彼女は2年前の冬、一人で上京してきた

 

親に頭を下げて入学させてもらった大学は中央線沿いにある

(中央線。なんと都会的な響きであろう)

上京までの数日間、彼女はそこでのキャンパスライフと初めての都会暮らしに妄想を膨らませていた

 

 

コーヒーと音楽鑑賞が趣味な友人と週末は吉祥寺にでかけ、

夜は小洒落たバーでカクテルを飲み、

遅くなれば年上の優しいボーイフレンドが車で迎えにきてくれて、そのまま夜の湾岸線をドライブする

 

それらが現実になる場所は東京しか無いのであった

 

新居は、東京スカイツリーのふもとに決めた

東北で起きた震災の翌年に完成したその電波塔は、東京タワーに取って代わる、新しい時代のシンボルになった

「私の時代だ。絶対に東京で立派になってやるんだ」と、

高速バスの窓から覗いてみえたその建造物を眺めながら彼女は強く思った

 

 

 

 

が、そんな幻想も数ヶ月後には消えてなくなった。

消えたというより、彼女は誤解していただけなのである。

 

 

そもそも「雪重堂」など存在しないし、

あのテラスだかベランダだかが付いた豪華な家なんて家賃が高くて入れない。

もっと言えば男女共同で住めるシェアハウスは滅多に無いし、

渋谷は待ち合わせ場所には最悪、武道館では今まで名前を聞いた事も無いバンドが婦女子から黄色い声援を受けながら演奏できる場所になってしまっていた

 

 

年上の彼氏どころか、もう恋愛には3回も失敗したし、コーヒーよりも酒が好きな悪友ができたし、電車地下鉄バスタクシーに恵まれている都内では車を保有している人が少ない事も知った

 

最近ではもう東京スカイツリーは見飽きて感動すらしない
ただ毎日、ひたすら溜まっていく課題と、減っていく貯金残高に怯える生活を繰り返している

 

あの時の妄想は、もうただの妄想でしか無くなってしまったのか。

希望はまだ捨てられない